(後編)痺れた!!8度目の正直。第22回大阪湾落し込トーナメント1回目予選(南港新波止)

こちらは後編です。前編から読んでね☹️

 

このブログで、何度かこの大会に関する記事を書いていて、その度に何度も言ってきた事ではありますが、

大人になればなるほど、年を重ねて行くほど、

何かに真剣に向き合う。

ということが少なくなってきます。

ある程度人生にこ慣れてきて、プレッシャーを感じる事も少なくなりますし、自ら、そういった環境に自分自身を持っていかないと、そつなく人生を過ごしていける方も多いのではないでしょうか?

もちろん、こういった大会とかではなく普段からプレッシャーを受けたり、真剣に向き合ってるものがある方もいらっしゃると思いますし、全員に当てはまることではないのも承知しています。

ただ、せっかく参加したんのだから、

真剣にこの大会に向き合ってやり切る方が

断然楽しいに決まってる笑

下見にしても、行かなくても良いけど1回でも行くことで、見えてくるものがあるし、大会で勝つ、予選を通過するということだけでなく

その場に行った人にしかわからない事があるんです。

ただ大会に参加して、予選通過できたらええな〜

もちろんその気持ちはわかります。私もそうでしたから。

けど、それでたまたま通過することはあっても

毎年、それで通過できるほど簡単なものではないし、そんな軽いものではない。

それを身を持って感じました。

じゃあ、そこまでして、真剣に向き合って大会に参加する意義ってなんやろ?

私なりに考えてみました。

※ちなみに去年も似たような事かいてます

AdSense

今年も書きます!大会に参加する意義とは

まずは去年の復習から笑

①【自分の限界と向き合える】

普段の釣りって「のんびり」「自由」な楽しさがあるけど、

大会って制限時間・ルール・他者との比較があるぶん、自分の技術・判断・精神力が全部試される。

それってつまり、「本当の実力が見える場所」でもあると思います。

下見の経験が活きたか?パターンの読みは当たったか?焦らず冷静にできたか?

誰のためでもなく、全部、自分へのチャレンジやね。

もちろん、今回の私みたいに運もあると思いますが、、、


②【釣りの"仲間"と繋がれる】

落し込み釣りって、実は孤独になりやすい趣味で、釣り場につけば、あとは1人で延々と魚と向き合います。

でも大会に出ると、名前は知ってても話したことない人と会えたり、時間いっぱい真剣にやり切ると、「お互いよう頑張ったな!」って戦友感が生まれる。

この繋がりって、マジで尊いです笑


③【釣り人としての"プライド"が育つ】

大会に出ると、ルール・マナー・他人への配慮…そういうことに敏感になる=釣り人として成熟するキッカケになる。

ゴミ捨て、釣り場を守る、トラブル時の対応とか、全部「人としての品格」出るからね。

趣味に真剣に向き合うって、こういうことだと思います。


④【緊張・興奮・喜び・悔しさが味わえる】

子供の頃、運動会や発表会でドキドキしたあの感じ、大人になるとそんな機会がほんとになかなかありません。

でも大会に出るとそれが味わえます。そういったドキドキは大人になって、普通に生活しててもほぼ皆無です。自らそれを求めて行かなければ味わえません。

そんなドキドキを味わえるのがこの大会なんです。
今回の予選でも、友達のもっぷちゃんが初めて大会に参加して、

大人数の中で竿を出して、誰も竿を曲げてない中で魚を掛けて、それをバラしてしまって、

その後、手が震えてたそうです笑


⑤【勝っても負けても物語ができる】

予選通過しても、しなくても、そこにはその人その人の「ストーリー」があります。

それを振り返ることで、他の誰でもない「自分の人生」が面白くなります。

私が、このブログを始めたのも、そういった、自分の人生の軌跡を残す事、そして、釣りの面白さを伝えること、私達だけでなく、次の世代にも釣りという素晴らしい趣味、文化を残していくことを考えていたからだと思います。


ここまでは、これまでにも書いてきたこと。

ここから先は、もう少し深く掘り下げて、大会に参加する意義を考えてみたいと思います。


⑥【"準備する自分"に出会える】

大会って、当日だけのものじゃないんですよね。

エントリーした瞬間から、もう大会は始まってる。

潮見表を何度も見返して、大会当日の潮と比較し、「去年は良く釣れたけど、今年はどうやろ、あのポイント、もう1回見とこうかな」って悩む。前日の夜にソワソワする笑

※あれだけ下見に行ったのに、行っても行っても行き足りない。

この"準備の時間"にこそ、普段の釣りでは絶対に出てこない自分が顔を出してくるんです。

普段なら「まぁええか」で済ませてることを、妥協できなくなる。目印をつけるのかつけないのか。錘のサイズ、鈎の号数、ハリスの太さ。全部に意味を持たせたくなる。

この感覚って、大会にエントリーしてない時にはあんまりそこまで真剣に出てこないんですよね。

「あと1回、あのポイント見ときたい」——その衝動が出た時点で、もう大会の価値は始まってます。


⑦【"選択"の重みを体感できる】

普段の釣りなら、「なんとなくここでええか」で成立するんです。それが悪いとかじゃなくて、趣味やから自由でええと思う。

でも、大会は違う。

どの場所に入るか。どの棚から探るか。エサはどうする?錘はどうするか?人が多いところを避けるのか、それとも多いところでやるのか。

全部が"勝負の選択"になる。

で、その一つひとつに「責任」が乗ってくるんですよね。自分で選んだ、という重み。

結果がどうであれ、「あの時、自分はこう判断した」って自信をもって言えるかどうか。

これ、釣りの話をしてるようで、実は人生そのものやと思ってます。

仕事でも、人間関係でも、何かを「自分で決めた」って言える人は強い。大会って、その訓練を釣りを通してさせてもらえる場所やと思うんです。

今までもこれからも、自分の今の人生は自分で選択し続けてきた結果が大きく反映されているからです。


⑧【時間の密度が変わる】

制限時間のある釣りって、普段の釣りとは時間の流れがまるで違います。

2時間が10分に感じることもあれば、残り30分が永遠に思えることもある。

「あと何分」っていうカウントダウンの中で、一投一投に魂を込めるあの感覚。あれは大会でしか味わえないと思う。

で、この濃縮された時間を一度体験すると、普段の釣りに戻った時に、明らかに変わります。

1回の落としの重みが違ってくる。何となく落としてた一投に、意味が生まれてくる。

大会を経験した人の釣りが研ぎ澄まされていくのは、ここが大きいんちゃうかなと思ってます。


⑨【言い訳が通用しない場所に立てる】

これ、経験すると、本当にキツいけど、めちゃくちゃ大事なことだと思ってます。

「今日は潮が悪い」「風がわるい」「渋い」。

普段の釣りなら、それで終わりにできるし。帰りの車の中で「まあ、しゃーないわな」って自分を納得させられる。

でも大会は、条件が悪くても全員同じフィールドに立ってる。

隣の人が、同じ風の中で、同じ潮の中で、釣ってるんですよね。

そうなると、言い訳って自分の中で通用しなくなるんです。

正直、これがいちばんキツい笑

でもな、このキツさこそが、いちばん成長に効くんです。

自分をごまかせない場所に、自分から行く。

なかなかできることじゃないけど、だからこそ価値がある。

私も2017年の北港スリットで「箸にも棒にもかからん」状態を経験した時、言い訳したかったですよ。「北港は相性が悪い」って。

でも、半数の参加者に釣果がある中で、自分は釣れなかった半分の中にに居たという事実は、言い訳の余地がなかった。

あの悔しさがあったし、そういった事を何度も何度も経験したからこそ、今の自分がある。そう思ってます。


⑩【"他人の釣り"が最高の教材になる】

大会中って、もちろん自分の釣りに集中してるんやけど、ふと周りの動きが目に入る瞬間があるんですよね。この2年は特にそうでした。

「あの人、あのタイミングで竿を出すんや」 「あの棚を攻めるんか」 「え、その場所でそのアプローチする?」

これ、YouTubeでも本でも絶対に得られない学びなんです。

なんでかと言うと、"同じ時間・同じ場所・同じ条件"でやってる人の動きやから。

しかも全員が真剣勝負の中でやってる。遊びの延長じゃない、本気のアプローチ。

情報の質が、段違いなんです。

「あの人はあの状況で、あの選択をした」

それを肌で感じられるのは、大会という場所でしかできない体験やと思います。


⑪【負けた理由が財産になる】

これは声を大にして言いたい。

勝った時より、負けた時の方が、圧倒的に多くのことを学べます。

「あそこで粘りすぎた」「あの判断が遅かった」「あの落し方の餌の落ち方が雑やった」。

悔しさと一緒に刻まれた反省って、普段の釣りの何倍も深く自分に残るんです。

普段の釣りで「今日はアカンかったな」で終わる反省と、

大会で「あの瞬間、ああしていれば」っていう反省は、まったく別物です。

で、この負けの蓄積が、長い目で見た時に、釣り人としての厚みになる。

勝てなかった大会にも、ちゃんと意味がある。

いや、もしかしたら勝てなかった大会の方が、意味があるのかもしれない。

そう思いながら私も負け続けてきました。
だからこそ、今の自分の釣りに向き合う姿勢があるのだと思います。


⑫【自分のスタイルが炙り出される】

大会って極限の場に立つから、自分が無意識にやってる釣りの癖やパターンが浮き彫りになるんですよね。

自分は攻めるタイプなのか、守るタイプなのか。粘るのか、動くのか。壁際をじっくり探るのか、テンポよく足で稼ぐのか。

これって、普段なんとなく釣りをしてるだけでは、絶対に見えてこない。

自分の釣りを客観視できる数少ない機会やと思います。

で、それを知った上で、「じゃあ次はどうする?」って考えられる。

自分のスタイルを知ることと、それに固執することは全然違う。

大会は、その境界線を教えてくれる場所でもあると思ってます。


⑬【本気の大人がカッコいいことを証明できる】

趣味に本気になることを「大人げない」って思う人も、いるかもしれません。

「たかが釣りやろ?」って。

でも、真剣に準備して、真剣に釣りに向き合って、真剣に悔しがったり喜んだりしてる大人の姿って、子どもや若い世代が見た時に、カッコいいと思うんですよ。(知らんけど笑)

「大人になっても、こんなに夢中になれるものがあるんや」って。

それって、言葉で「釣りは楽しいよ」って伝えるよりも、何百倍も説得力がある。

私が「この釣りを次世代に残したい」って思ってる中で、いちばん効果的なメッセージは、もしかしたら文章でも発信でもなくて、本気で楽しんでる大人の背中を見せることなんちゃうかなと思ってます。


⑭【日常のありがたさに気づける】

大会の緊張感やプレッシャーを経験した後に、いつもの釣り場でのんびり竿を出すと、

「ああ、この自由な釣りも最高やな」

って、改めて感じるんですよね。

時間を気にせず、好きなポイントで、好きなように落として、好きなタイミングで帰る。

この当たり前が、どれだけ贅沢なことか。

大会を経験することで、普段の釣りの幸せにも気づける。

どっちが上とか下とかじゃなくて、両方あるから釣りが豊かになる。

これは、行った人にしかわからん感覚やと思います。


⑮【自分との約束を守る練習になる】

最後に、これ。

エントリーするって、ある意味で“未来の自分との約束"なんですよね。

「この日、本気で釣りに向き合う」と決めて、そこに向けて動く。

仕事が忙しくても。体調がイマイチでも。前日に「めんどくさいな」って思っても。

その約束を守って、当日釣り場に立つ。

この“自分で決めたことをやり切る"っていう経験の積み重ねが、釣り人としてだけじゃなく、人としての軸を太くしてくれると思ってます。

大袈裟かもしれんけど、大会にエントリーして、ちゃんとやり切って帰ってくる。

それだけで、今までよりも少しだけ自分を信じられるようになります。


その人が言ってることより、その人がやっていることを見ろ

これが全てに通じると思ってます。

釣りの世界でもそう。

「次は絶対やったる」「来年こそは本気で」「下見も行くつもり」

言葉だけなら、なんぼでも言える。

でも、実際にエントリーしてるか。下見に足を運んでるか。当日、時間いっぱいやり切ってるか。

全部、“行動"に出るんですよね。

大会って、ほんまに残酷なくらいそこが見える場所やと思います。

どれだけ普段「俺はこう考えてる」「こういう釣りがしたい」と語っていても、大会の現場に立った時にやってることが全て。潮を読むのも、棚を探るのも、ポイントを移動する判断も、全部その人の“行動"として表に出る。

臭いことを言えば、

言葉は飾れるけど、行動は飾れない。

逆に言えば、黙々と準備して、黙々と下見に行って、黙々と当日やり切ってる人は、何も語らなくても、その背中が全部語ってるんですよね。

だからといって、下見に行けって言うてるわけじゃないし、大会に参加することが正義だと言ってるわけじゃないんです。

それらはあくまでも自分を見つめ直すきっかけの一つ。自分の人生を充実させるための一つの手段だと言うことなんです。

私自身、偉そうなことを言えるほどの実績があるわけじゃない。(これから作って行きたいけど笑)

けど、「誰よりもこの釣りに真剣に向き合い真剣に楽しむ」と決めた以上、その言葉に恥じない行動をしたいと思ってます。

言ったことと、やってることを一致させる。

簡単そうで、いちばん難しい。

でも、大会ってそれを試される場所やからこそ、出る意味がある。

今年も、言葉じゃなく行動で示す。

その覚悟を持って、大会に臨みます。

最後に

大会とは、

臭い言葉ですが、

「自分を試し、釣りを深め、人と繋がり、本気で遊ぶ場所」

やと思ってます。

真剣に向き合うことが大前提ではありますが、勝つことや負ける事は一つの結果。

その過程で得られる"全部"が本当の宝。

だと思います。

私がこのブログを始めたのも、自分の人生の軌跡を残す事、そして、釣りの面白さを伝えること、私達だけでなく、次の世代にも釣りという素晴らしい趣味、文化を残していくことを考えるからだと思います。

だから、もしこの記事を読んで、大会に出てみようかなって少しでも思ってくれた人がいたら、

ぜひ、出てみてほしい。

結果なんて、後からついてくるから。

まずは、あの空気の中に立ってみてください。

きっと、普段の釣りでは見えなかった景色が見えるはずです。

あとがき

ここまで読んでくれた人はとてつもなく変鯛ですね。ありがとうございます。

本音を言えば、今回の予選ほど疲れた予選はなかったくらい、めっちゃ疲れました汗

予選開始して早い段階で釣れるのと、ずっと釣れないでは気持ちの余裕が全く違います笑
また、途中で念願の魚を掛けたにも関わらずバラしてしまうことも精神的に良くないです笑

 

本当に1枚が遠い大会でした。

精神フルボッコの時間を乗り越えて、心が折れそうになって、また落とし続けて、、またフルボッコにされて、、

何度も何度も諦めかけました。今日は厳しいし、釣れなくても誰も責めない。多くの人がアタリさえない、本当に厳しい日なんやからしゃーないやん。

自分にそう言い聞かせて、釣れない自分を正当化しようとしてた

そんなときに、ある方から

お前がおらんかったら、決勝おもしろくないねん。

 

と、、

最大のプレッシャー兼最高の言葉を掛けてくれました。

めーっちゃプレッシャーにもなりましたが、

それ以上に、

何としてでも釣ってやる!

と、自分自身を奮い立たせる事ができた最高の言葉となり

 

その結果、最後の最後で念願の最高の1枚を釣り上げる事ができました。

他の人から見れば、

ラッキーで釣れて、予選通っただけやん。

とも捉えかねない、本当にラッキーだっただけなのかもしれません。

いや、事実そうだったんですが笑

それでも自信の中では、誰になんと言われようとも痺れる最高の1枚だったんです。

今回はその1枚が大きく左右されたのですが、

 

今回は通過できなかった人たちも、タイミングが変われば釣果に繋がっていただろうし、
アタリさえもらえず終わった人でも、

この大会にどれだけ真剣に向き合った人と、そうでない人の顔つきは明らかに違うことも見えました。

そういった意味では、本当に紙一重だったと思います。
悔しくて、次の日仕事ズル休みした仲間もいてました笑

もちろん大会という勝負の場所なので、結果というものは出ますが、

その大会にどれだけの情熱をもって向き合ったかということが自分自身でも身体で理解してるでしょうし、それ以上に周りの人達があなたを見てくれています。

必ず、あなたのやってきた事が糧となって、次の良い結果に繋がって行くと思います。

 

もし真剣に向き合ってるあなたを責めるようなやつがいてたら、

私が守ります。私じゃなくとも多くの仲間があなたを守ってくれます。

みんなで大会を真剣に楽しみましょう!!

※決勝は殺伐として予選とはまた違って、厳しい予選を勝ち抜いたという一体感でなんとなく楽しい雰囲気が出てますよ〜笑